デザイン - 人類の最良の友だち_その2

ボンジョルノ☀︎

今日はロンドンのデザイン博物館を
訪ねて「その2」です。

殺すか?治すか?

もっとも感銘を受けたコーナーが
2つあります。


① kill or heal 殺すか? 治すか?
② Bliar-K.Garland

ブレア元首相の糾弾デモと、
ケン•ガーランド氏の反核作品です。


これらは、
デザインが抱える二面性を
的確に捉えています。


まずは ①殺すか?治すか? について:

人間工学は
戦争工学である

自転車が大好きな私が
千葉大工業意匠学科を選んだのは、

人間工学をきちんと学ぶこと

がもともとの目標でした。

ところが入学直後、
門を叩いた木工塾で、

故秋岡芳夫師曰く
「人間工学=戦争工学」
であると。

例えば
戦車を設計するにあたり、

何人の人間をどのように配置して、
装甲板の厚みや容れモノとして
ギリギリのサイズ感、可動域や視野などを
総合的に判断し設計する。

そのタタキ台の寸法割り出しに
活用する学問であると。

旧ソビエトの
戦車内人間工学

https://www.tankarchives.ca/2013/11/ergonomics.html

T-72型戦車の
人員配置断面図。


どうしても
自動車のハンドルの握りやすさや
計器の配置
ボタンの形状

椅子の座面の高さや
背面の角度
クッションの硬さ等

心地良さや
幸福度に貢献する学問と思いがち。


ただまったく同じ思考が、

極限状態である戦闘時の
兵器デザインにも応用できるのです。


これは
受け入れざるを得ない事実であり、
人間工学の潮流の源にあるのは、
戦争に他なりません。

人間にもっとも近いと思われた学問が、
人間性を否定する瞬間に
もっとも必要不可欠となる『矛盾』



実際、
RCAの工業デザインエンジニアリング科には、

シンガポール出身で
ライフルのデザインに関わっている
同期が一人居ました。

彼は悪びれもせず堂々と、
人殺しに関与した出自を述べました。


当時の私は驚きを隠せず、
彼とはあまり言葉を交わませんでした。

今思えば、
機密事項ではない要素を
根掘り葉堀り訊いてみてもよかったと。


現場での検証方法はどうなってるか?
どのくらい試用を繰り返すのか?
良心の呵責はまったくないのか?
・・・などなど。

ロンドンのデザイン博物館では、
ここにメスが入っています。


ベトコンの少年が構える
カラシニコフと積層合板製の脚用ギブスは
戦後の同時期に生まれて、
それぞれの用途で
かなり用いられた成功例であると。

使用に最終責任を負うのは誰..

説明テキストの最後で…


製品の使用に
最終責任を負うのは

果たして

デザイナーか? ユーザーか?


きれいゴトで済まさない迫力あります。



他民族を蹂躙し圧倒し続け、
世界の¼を領土とした大英帝国ならではの
境地であり、矜持であると思いました。

それも人類の最良の友だちの
もうひとつの顔と言わんばかり。



そして
デザイナーのつくり手たる

誇りや責任、影響力を問いただしています。