国益とデザイン

「永遠の友も永遠の敵もいない、あるのは永遠国益だけ」

19世紀の英国首相が、
現実主義外交の優れた格言を残しました。

1945-20XX 再敗戦

このまま請われるまま、
世界No.5の軍備増強の先、
はっきり80年前の地獄が見えてます。


これを回避するキーワードは、

「国益」

ではないでしょうか。



私がライフワークとしてきた
日本製の輸出には、
国益のためという大義がある。



「平和」はものづくりの根本で絶対条件です。

私が平和教育を受けて育った
長崎(NGASAKI)の町が、
最後の被爆地ではなくなる近未来に、
強烈な違和感を覚えます。

ナガサキの爆心地から
ほど近い浦上天主堂の被曝聖人


被爆者の苦しみは、 痛みは癒えぬまま、
いまや新たな被爆者が...そして世界は?


自慢合戦のニュースにはうんざり、
ハイテク駆使したら
直接対話も瞬時にできそうです。

デザインが直結している

「暮らし=日常生活」が

それどころではなくなる戦時。



戦争は、
いつから全国民同士の総力戦になったのか。

その場合、
残念ながらデザインは
大きく無力化、肩身の狭い思いだけ
共有って哀しい。

1987核軍縮会談のその後

今は亡き
レーガン+ゴルバチョフ米ソ首脳が、
核軍縮へと大きく舵を切った1987年。


人類の叡智に胸を張った瞬間から
36年を経て、世界は随分と変わり果てましたね。



レイキャビクにあるこの部屋は、
NHKの番組によると、
(混迷の世紀: 核兵器’’恐怖の均衡’’が崩れるとき)

両首脳が直接対話
を始めた歴史の証人として、保存してある。

レイキャビクにあるこの部屋で、
レーガンとゴルバチョフが話を始めた。

平和を愛する国

20世紀半ば以降の
戦争を知らない子供たちは、

戦いを美化せず
他者以前にまず自らと向き合い、

自立と自律を目指したいところ。



周辺諸国の中でうまく立ち回って、
火種をあえて消す役割こそ
担うべきだと思います。



平和の申し子が
その恩恵を忘れ、火付けに走る。

70年掲げてきた
平和を愛する国の看板を傾けて
軍拡一直線って、日本人らしくない。

正当に憲法を変えない限り、本来無理です。


端折ったら、その雑さもすべて伝わる世界。



決まりごとを守らないと三流扱いされ、
国際的地位がどんどん危うくなってしまいます。


これまでほとんどの渡航先でスルー、
無敵のパスポートも実は誇るべき
平和外交の賜物。



そして私が日本人であったことは、
東西18ヶ国で30年間好意的に受け入れられ、
存分にものづくりできる基本要件でありました。



1992年のロンドン
RCAを卒業する前に、
香港出身の同期、ビムと話し合いました。


“せっかく欧州で学んだから、
圏内のどこかの国で働いてみたい’’

・・・と私。



悲しそうに
一点を見つめたビムの一言

“僕は中国人だから”

その言葉に絶句しました。


実際に彼は、
本国へ戻る決断をしました。



今や経済大国を誇る中国の学生は、
留学生のマジョリティであり、
状況は一変しているのでは。

貿易相手国は、中国が20年以上連続トップ!

小学校5年生の社会科プリントに大きく掲載
(2002以降と)

子供たちはみんな知ってます。

https://www.jftc.or.jp/kids/kids_news/japan/country.html

台湾に米軍基地がない以上、
有事に介入する米軍は沖縄から出撃となり、
半自動的に日本は戦争を
招き入れるかたちとなるのです。


すなわち想定自体が、
ナンセンス極まりないとしか
言いようがありません。



資源が無く、
貿易に大きく依存している国が、

なぜ筆頭相手国と戦争の話になるのか。


子供たちにまともに説明できるでしょうか。

まとめ

①「国益」に反する選択をしない。

② 智恵による共存が目標なら、
  力に訴えない。

これしかないと思います。

そしてデザインが生きる道も。

私はそう思います。